「おっしゃ!行くぞ!」
「おうっ!!」
部室に響き渡る主将・花井の掛け声に野球部全員が応える。立ち上がり、ぞろぞろと部室を出る彼ら。
今日は西浦高校で近隣の高校との練習試合があるのだ。
阿部もうしっ、と自分に掛け声をかけベンチから立ち上がった。
ドアノブに手をかけ振り返る。
「…三橋?」
もう部室には阿部と三橋しか残っていない。
ベンチの隅で頭をたれた三橋は、立ち上がる気配すら見せない。
「なにやってんだよ?早くこいよ!試合始まっちまうぞ。」
「あ…、う、ん、ごめん、阿部くん先に行ってて…すぐ行くから。」
「なにいってんだ!オラ、さっさと立て…。」
三橋の手をつかみ、引っ張り立たせようとした阿部は、その手のあまりの
冷たさにぎょっとした。
「…どした?手すげー冷たいじゃん…。」
「う、あ…だい、だいじょぶ…。」
今日はたかが練習試合だというのに、こいつはなにをこんなに緊張しているのだろう。
もしかして腹でも痛いのかな。時間があれば優しく肩を抱いて我慢強く三橋の話を
聞いてやりたいけど、もう試合が始まる時間だ。たぶんもうみんなはグラウンドで俺たち二人を待っているだろう。
早く行かなきゃ。練習できねーじゃねえか!
などと阿部が焦っているのに、三橋は相変わらず立ち上がろうとしないどころか、
両足の間に頭を埋めるように、ますます落ち込んでいく。
ええい、もう時間がねえ!
こんなとき手軽にリラックスできる方法は…
「三橋!!」
「ひゃああ!?」
阿部は三橋をベンチに押し倒すような勢いで、三橋の脇に襲い掛かった。
わきの下やわき腹のあたりをつついて思いっきりくすぐってやる。
頼む!これでリラックスしてくれ!!
「は、あはははは阿部くんやめ…!」
三橋の悲鳴にも構わずくすぐり続ける。
ったくこのやろう、手間かけさせやがって!試合が終わったら覚えてろよ!
阿部は内心の怒りをこめながらしばらくくすぐっていたが、徐々に腕の中の
三橋の力が抜け、くたりとした軟体動物のようになった。やっとリラックスしてくれたか?
阿部はくすぐりの手を弱めて三橋を見た。
「ふっ…あは、はぁっ…!は、あっ!」
とてもじゃないけどくすぐられて笑っているとは思えない、まるで、
あえぎ声。
その上、頬は紅潮し耳まで真っ赤で、瞳は潤んで輝く水面のよう。
熱く荒い息づかい、んでもって両ひざをこすりあわせるように身をよじっているので
連動して腰のあたりもなにかを欲しがっているように悩ましい動きをしている。
それはまるで…阿部を誘っているかのように濃厚な色香を放っていた。
えっえええええええええ!?
俺くすぐってただけだよな?愛撫してたわけじゃない…
なのになに、なにこの三橋?どうみても感じてるようにしか見えない。
可愛いじゃねえか、ちくしょう!阿部は心の中で絶叫した。
これが試合前じゃなかったらこのまま…
なんて、こんなこと考える俺は不純すぎかな。いや!誰がこんな俺を責められるだろう!?
10代思春期健康男子なら木の股見たって反応するぜ!
阿部は自分を落ち着かせるためにふうっとひとつ息をはき、三橋から体を離した。
「お前……くすぐったがりすぎ。」
「へっ!?…ふへっ…ご、ごめん、な さ」
「でももうリラックスしたろ?」
「ん、う…うん!体中ぽかぽかで…体が軽くなった、みたい!」
「そりゃよかったな。」
「うん!あ、阿部くんはやっぱりスゴイなっ…。」
天使のような笑顔で笑う三橋を横目に、阿部はそっとため息をついた。
こんちくしょう!試合が終わったら…覚えてろよ。
阿部は試合前の緊張で高鳴っているわけではない胸を押さえながらつぶやいた。
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